【写真】公園でタップダンスをするなかのめそうまさん

自信を持っているものは何?

そう聞かれたら、なんと答えますか。

他の人より得意だったり、何かで賞を取ったことのあるような実績のある特技を挙げる人。
「自分には自信を持てるものなんてないです」と答える人。

色んな答えがあると思いますが、「自信」と言われると、つい他人と比べて秀でているかどうか、得意・不得意の基準で考えてしまいがちなように思います。

では、「理由はわからないけれど、自分がずっと続けてきていることは?」と聞かれたら、どうでしょうか。

毎日、日記をつけている。

週末には近くの公園でジョギングをしている。

友人のお祝いごとには、毎回、手描きのイラストを贈っている。

はじめは、ただ興味の赴くままに始めてみたものが、だんだんと生活の一部になっていく。自分でも意識しないような小さな営みを、「続けてきた」というその事実が、辛いときに自分を支えたり、ふと立ち止まったときに自分を信じられる拠り所になったりするかもしれません。

今回ご紹介するのは、幼い頃から続けていたことが、自分を支える自信となり、世界を広げるきっかけとなった一人の少年の物語です。

【写真】笑顔のなかのめそうまさん

「いじめ」をテーマにした映像作品に出演する、18歳の若きタップダンサー

タップダンサーの中野目崇真さん。3歳からタップをはじめ、4歳には映画出演。その後も、数々のコンテストでも受賞を重ね、18歳の現在、日本だけでなくアメリカをはじめ世界各地へと活躍の場を広げています。

今日はよろしくお願いします!

快活で屈託のない笑顔を見せながら待ち合わせ場所に現れた崇真さん。春のやわらかな光が差し込む公園で、私たちにタップダンスを披露してくれました。

【写真】公園でタップダンスを披露するなかのめそうまさん。右足で音を鳴らそうとしている

【写真】公園でタップダンスで両足の細やかなステップを披露するなかのめそうまさん。

タタタタタッ、タタタタタカタカ…

靴をタップシューズに履き替えたと思ったら、もう次の瞬間には崇真さんのダンスは始まっていました。

呼吸するかのように自然でなめらか、それでいて観ている方をドキドキ・ワクワクさせるような躍動感で、リズムを変えながら次々と即興のステップを繰り出します。

【写真】手を後ろに振り上げてタップダンスを披露するなかのめそうまさん

踊っている表情は本当に生き生きと楽しそうで、崇真さんにとって、タップを踊ることは人生と切っても切れない存在なのだという印象を覚えました。

その様子からは想像もつきませんが、崇真さんは、小学生時代にいじめられた経験を持っているそうです。

そんな彼が近年出演した映像作品は、タップダンスという表現方法を活かしながら、「いじめ」という社会問題をテーマに取り扱うというものでした。


Bullying and Behavior(いじめと振る舞い)」。

トイレの便器に顔を押し付けられる少年。取り囲む4人と、背後でその様子を眺めるリーダー格の男。

一時解放され、校舎の屋上にたどり着いた少年が取り出したのは一足のタップシューズ。階下を見下ろし、飛び上がった彼は…

学校現場でのリアルな「いじめ」のシーンから始まるこの動画は、YouTube等の動画共有サイトを通して、多くの人たちの注目を浴びました。

2017年の文部科学省の発表によると、過去最多の32万件にのぼる「いじめ」。映像を起点に社会変容を目指す団体「EXIT FILM」代表の田村祥宏氏が監督となり、この複雑な社会課題に対して、エンターテインメント表現として挑んだ作品です。

タップを踊る「いじめられっ子」という主役を演じた崇真さんは、「いじめ」というテーマをどう捉え、この作品にどんな思いを込めたのでしょうか。

タップとの出会い、学校でいじめを受けた経験、高校を中退してタップダンサーとして生きることを決めたこと、自分を含む今の10代の生き方について…。

崇真さんのこれまでの生い立ちから、18歳の現在地まで、お話を聞かせていただくことにしました。

物心ついた頃からタップを踊っていた。「好き」を追求させてもらえた子ども時代

【写真】インタビューに答えるなかのめそうまさんとライターのすずきゆうへい

聞き手・鈴木悠平(以下、鈴木): 崇真さん、今日はよろしくお願いします。今日お会いするまでに映像を何度も観ていて、お話を聞けるのをとても楽しみにしていました。

中野目崇真さん(以下、崇真): ありがとうございます!嬉しいです。僕がお話できることであればなんでも聞いてください!

鈴木: 今日は、映像作品「Bullying and Behavior」の制作背景をお聞きしながら、崇真さんご自身のこれまでの生い立ちータップダンスとの出会いや学校生活、作品のテーマにもなった「いじめ」という社会課題についてなど、幅広くお話を聞いていきたいなと思っています。

まずはじめに、タップダンスとの出会いについて聞かせてください。

崇真: 僕が3歳の時に「東京ディズニー・シー」に行って、ミッキーがタップを踊っているのを観て、「あれ、やりたい!」って言い出したのがきっかけです。お父さんとお母さんが自宅から通えるダンススタジオをすぐに探して通わせてくれました。

鈴木: そんなに小さい頃から、しかもディズニーがきっかけで。

崇真: 僕の両親は、ふたりともディズニーが好きで、まだ物心つかない0歳の頃からベビーカーに乗せて連れていってくれたほどです。ディズニー以外にも、音楽を中心に文化芸術が好きな両親で、家ではずっとジャズやボサノバがかかっていたり、奈良や京都などの観光地によく連れていってくれたりしました。

鈴木: 崇真さんが小さいうちから、色んな文化に触れられる機会をつくってくれて、「やりたい!」と好奇心を持ったものを追求させてくれるご家庭だったんですね。

崇真: そうなんです。タップダンスの他にも、仏像とか古墳とか宇宙とかに興味をそそられて、現在も熱中しています。7歳の頃には「仏像博士の少年がいるぞ」ってことで、日テレの「スタードラフト会議」に出させてもらって、やくみつるさん・麻木久仁子さん・上田晋也さんと仏像の知識対決をしたこともあります(笑)。

【写真】笑顔でインタビューに答えるなかのめそうまさん

鈴木: その歳で仏像博士とは、渋いですね(笑)。

崇真: 6歳頃から、HIDEBOH(ヒデボウ)さんという、映画「座頭市」でもタップの振付・出演をした方が主催する「HIGUCHI DANCE STUDIO」というダンススタジオに入って教わるようになりました。12歳の時には、奨学生に選んでもらって。そこで生まれて初めてアメリカに行かせてもらったんです。

そのあと、13歳の時に「JTP(Junior Tapdance Practicemeeting)」という団体を立ち上げました。下は3歳から上は高校生まで、大人のいない、「子どもだけ」のタップダンス活動です。

鈴木: 子どもだけで踊る団体!面白いですね。

崇真: 僕が、3歳でタップを始めた頃の感覚を伝えていきたいなと思って、大人がレッスンするのではなく、子どもだけでタップをできる空間を作ったんです。はじめた当時は、技術も何もなくて、感じるままにしっちゃかめっちゃか踊っていたんですよね。でも、それがすごく楽しかった。

タップシューズを履いた瞬間からタップが始まる、そこでの感覚を大事にして踊ってもらいたいなと思って、インプロ(即興)を中心に、年齢や通うスタジオの違いも関係なく、輪になって踊っていました。

鈴木: 崇真さんにとっては、物心ついた頃からタップがそばにあった。

崇真: そうなんです。だから、タップをすることは僕にとって話すとか歩くといったことと同じ感覚なんですよね。仕事でも趣味でもなく、生活の一部というか。 頭の中で常に音楽が流れていて、思いついたフレーズを自然に足がタタタッタタタッとやり始めちゃうんですよ。タップをしないっていう選択肢がもはやないんですよね(笑)。

高校を辞めてアメリカへ。言葉が通じなくても対話ができることを知った

崇真: HIDEBOHさんのスタジオで教わったり、JTPを立ち上げて活動したりと…色々と経験をしてみて、「タップを軸にこれからも生きていこう」と本格的に考えるようになったのは高校のときでした。

ですが、僕が入った高校は、卒業後の進路として、音楽やダンス、アートの道に進むことに肯定的ではなかったんです。進学校だったということもあり、当たり前のように「大学に行くべき」「就職はするべき」という考え方で…。

鈴木: なるほど、進学校だとそういう前提意識が強そうですね。

崇真: それで、僕は高校を辞めてアメリカに行くことにしたんです。

鈴木: 辞めることにしたんですね。

崇真: 中学・高校で出会った中にも、同じような悩みを抱えていた友人が多かったんです。音楽やダンスの道に進みたいという夢は持っている。じゃあ、具体的にどんな選択肢を取ればよいのか、みんな決めかねていたんです。事務所に入るのか、どこかのオーディションを受けるのか、フリーでやっていくのか、ひとまず高校の先生が言うように進学するのか…

でも、ずっと考えていても答えは見えないので、僕は外に出ることにしたんです。「じゃあ俺、試しに高校やめてみるわ!」ぐらいの感覚でしたが(笑)。

それで、先生ともよく話をした上で正式に退学し、一昨年の2016年7月から12月まで、ロサンゼルス、フロリダ、ニューヨーク…とアメリカの7都市ぐらいを回りました。

鈴木: その軽やかさ、すごいなって思います。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかのめそうまさん

崇真: アメリカには、日本で出会った師匠のような方がいて、前から「アメリカに来ないか?」と誘ってもらっていたことも、飛び込むきっかけになりました。

アメリカにいる間は、ほぼ付き人のように先生の手がけるワークショップやフェスティバルに参加させてもらいながら、アメリカの人たちの生活や文化、歴史、タップダンスを含んだ芸術活動全体に触れることができました。タップを勉強するというよりかは、自分自身をもう一度発見するような旅で、良い機会だったと思います。

鈴木: 具体的にはどんな発見がありましたか。

崇真: 特に印象的だったのは、アメリカって、何か一つ自信を持てるものを持っていれば、年齢に関係なく認めてくれる国なんだなってことです。日本の高校にいた頃は、まだ若いし高校生だからと、進学・就職が当然のように言われていたけれど、アメリカではそんなことはなくて。

一緒に輪になってタップを踊れば、それだけで繋がっていけるし、タップ以外のジャンルの人とも、表現を通して共鳴していける感覚がありました。

鈴木: タップを通して、崇真さんの世界が広がっていったんですね。

崇真: そうですね。それまでタップを踊ることは、エネルギーをチャージしたり、鬱憤を発散したり、どちらかというと自分のためのものでした。だけど、タップを通して色んな国の人と関わるなかで、家庭環境が複雑だったり、障害や病気があったり、それぞれにいろいろな悩みを抱えて生きているんだということを実感していって。

今は、タップを通して色んな世界や業界の人たちと繋がっていきたい、自分の思いを表現する一方で、相手の思いも受け取って対話していきたい、そんなふうに考えています。

いじめは「パッケージ化」されているーいじめる側・いじめられる側の関係から抜け出す小さな戦い

鈴木: 崇真さんの生い立ちを聞かせてもらったところで、いよいよ次は映像作品「Bullying and Behavior」について。映像を観たときのドキドキした感覚の余韻がまだ残っていて、聞きたいことはたくさんあるんですが…まずはこの映像がつくられた経緯を教えてください。

(画像:EXIT FILM inc.提供)

崇真:TEDxKids@Chiyoda」という、子どもたちに向けてさまざまなアイデアや取り組みを伝えていくイベントがあるのですが、その登壇者の一人としてタップを踊ったことがあるんです。

鈴木: 崇真さんは2012年の回で登壇されたそうですね。作品でいじめっ子のリーダー役を演じたブレイクダンサーのShigekixさんも2014年に登壇を。

崇真: はい、そのTEDxKids@Chiyodaの歴代登壇者が集まるパーティーが数年前に開かれたんですが、そこで「EXIT FILM」代表で、今回の映像作品の監督でもある田村祥宏さんと意気投合したのがきっかけです。

田村さんも僕も、過去にいじめに遭った経験をしていて。「いじめ」という社会問題に対して、エンターテイメントの力で、何か解決法を提示していきたいねと話したんです。
【写真】質問に丁寧に応えてくれるなかのめそうまさん

鈴木: 不良グループの一団からいじめのターゲットとなっている少年を崇真さんが演じ、タップダンスという唯一の武器で、不良グループのリーダーに立ち向かっていく…大雑把にあらすじを語るとそうなってしまうのですが、単純な「いじめっ子対いじめられっ子」のストーリーではない、学校という空間が少年たちを縛っている空気や、いじめが温存されていしまう構造をうまく描いている作品だと思いました。

崇真: そうですね。単純にいじめっ子という”悪者”がいるということではなくて、いじめというものが一つの「パッケージ」になっている。それをなかなか変えられないのが今の学校の現状だと感じていて、そこから抜け出るためのメッセージを発していきたいと思って演じていました。

鈴木: 「パッケージ」という表現、なんとなく分かります。いじめっ子をやっつければ終わり、なのではなくて、学校空間のなかで相互作用的に役割が生まれて、みんながそれを演じるなかで固定化されていくような…

崇真: 僕も経験したことなんですが、いじめっ子集団って、明確に誰かがみんなに呼びかけて生まれるというより、なんとなく強いやつに群がってできあがることが多いんですよ。

鈴木: なんとなく強いやつに群がっていじめっ子グループができる…Shigekixさん演じるリーダーも、他のメンバーを従えていながらも、いじめを進んで楽しんでいる風ではなく、むしろどこかイラついている様子でしたね。

【写真】どこかイラついた表情でいじめをするリーダー。

(画像:EXIT FILM inc.提供)

崇真: いじめる側のリーダーというのも、実は孤独な存在なんです。たまたま強いからといってリーダーになると、その役割を演じ続けることになって、抜け出そうとすれば今度は自分がいじめのターゲットになる…そういうスパイラルがあって。

鈴木: なるほど…いじめっ子のリーダーも、いつの間にかその役割から抜け出せない状況に陥っていると。だからこそというか、映像のクライマックス、2人が演じるブレイクダンスとタップダンスの対決シーン。僕はなんというか、あの場面で2人が不思議な絆で”通じ合っている”ような感覚を覚えたんですよね。

【写真】ブレイクダンスとタップダンスのシーン。太陽の白い光が二人を照らしている

(画像:EXIT FILM inc.提供)

崇真: そうですね。いじめというフィルターを通してではなく、それぞれが自信を持っているものを出し合うことで、お互いに認め合い、対話をすることができた。それが、あのダンスシーンで起きていたことなんだと思います。

【写真】真剣にインタビューに答えるなかのめそうまさん

鈴木: それぞれが「これだけは」と譲れないものを胸に対峙して、自らの足で踊り出す。

なんとなく生まれた校内のパワーバランスの中でいじめっ子・いじめられっ子という役を演じて踊らされるのではなく、対等な個人として、自由でいられることができる…その姿を目の当たりにして、僕は”絆”を感じたのかもしれません。

対話を通して、いじめのスパイラルにヒビを入れていく。実際にいじめを受けた経験から、いま思うこと

鈴木: ここからは、作品世界の中でのストーリーだけでなく、崇真さん自身がいじめを受けていたというご経験についてもお聞きしながら、実際の学校空間で起こっているいじめの構造に対して、どのようなアプローチができるのかを、考えていければと思います。

ここで、監督の田村さんが作品に寄せられたメッセージに触れてみたいと思うのですが…

絶望的な状況下でも自分が自分であり続けるための逃避行動、本作の主人公にとってのそれがダンスです。彼の行動は、現実を直接変えることはありません。

しかし一見その無意味にも思える振る舞いは、主人公の尊厳を守る一縷の希望として彼を繋ぎ止めているのです。

崇真: ええ。

鈴木: ダンスによる抵抗は、いじめという現実を直接変えることはない。だけど、彼がダンスを踊ることは、尊厳を守る”一縷の希望”だとも語られています。このメッセージについて、崇真さん自身はどのような考えを持っていますか。

崇真: そうですね…いじめ自体を完全になくすことは、戦争をなくすようなもので、とても難しいことです。だけど、いじめをなくすことは難しくても、いじめを助長する社会を変えていくことはできるんじゃないかと思っています。

その時の鍵となるのが、一人ひとりが自信や尊厳を持って自分の思いを表現すること、そしてそれを相手と共有し、対話することだと考えていて、僕はダンスを通してそれを表現したかったんです。

【写真】質問に丁寧に応えてくれるなかのめそうまさん

鈴木: 自信を持って自分を表現すること、そして相手と対話すること、その2つが重要だと。もう少し詳しく聞かせてもらえますか。

崇真: これは僕自身が過去にいじめを受けていた経験から得た考えなんです。

鈴木: 崇真さんも田村さんも、いじめを受けた経験があったと語られていましたね。

崇真: はい。小学生の頃、「Nintendo DS」とか「たまごっち」とか、みんながやってる流行りのゲームに、僕は全く興味が持てなかったんですね。その時から仏像やタップダンスなど、自分が熱中できるものがあったので、興味があるものはある、ないものはないっていうスタンスでした。

そうすると、「みんなが好きなものに興味がないなんておかしいじゃん」「あいつなんか変だよ」と、いじめの対象になっちゃったんですね。

鈴木: 本当に、先ほど話されていた通り、些細なきっかけでいじめが始まったんですね…。

崇真: そうして、一度いじめの対象として認定されると、「他にも変なところがあるんじゃねーの?」とあら探しをされたり、最初は軽い無視だったのが、暴言・暴力へとだんだんエスカレートしていったりしました。

タップを踊ったりお寺に行ったりと、自分が落ち着ける空間で気晴らしをして過ごしていましたが、いま振り返ると、周囲の扱いに合わせて「変わったやつ」という枠に落ち着いてしまった自分がいたなと思います。自分の気持ちをオープンにできないまま、いじめられっ子役を演じていたというか…。

鈴木: 役割を演じる。

崇真: いじめられていた小学校時代の途中で経験したことなんですが、学芸会などでタップダンスを踊って見せたり、自分が熱中していた仏像や古墳を自由研究の題材にして発表したりすると、興味を持って集まってくれる子もたくさん出てきてくれるんですね。

「なんか変なやつ」といじめられるままでいるんじゃなくて、「自分はこれが好き」ともっと早くオープンにすれば変わっていたかもしれません。

鈴木: なるほど…

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかのめそうまさん

崇真: いじめる側も最初からいじめたいわけではないし、いじめられる側もいじめられる環境を意識してつくっているわけではない。子どもなりに自然に相手の特徴をとらえて批評する、そんな些細な思いつきの行動が、いじめのきっかけであることって少なくないと思います。

相手が軽い気持ちで貼ってきたレッテルに対して、自分が言いたいことを伝えられなかったり、相手もそれによって自分のことを勘違いしたりして、だんだんと「いじめ」のムードが出来上がっていく。

この時お互いに、「なんでいじめてるんだろう?」「なんでいじめられているんだろう?」と、内心では思っていて、その違和感を言葉にすれば、実は普通に対話できるチャンスが転がっていたりするんです。

鈴木: それなのに、周囲がはやし立てたり傍観したりすることでいじめが助長されていき、役割が固定化してしまう…と。

崇真: だからそのスパイラルを止めるためにも、自分の思いを自信を持って表現すること。そして相手にも「僕はこう思う、あなたはどう思っているの?」と問いを投げかけ、対話していくことが大切だと思うんです。

鈴木: その「対話」行為の象徴が、作品におけるタップダンスだったわけですね。

先ほど話したリーダーとのダンス対決も象徴的でしたが、負のスパイラルを止めるという意味では、対決前の廊下で、不良グループのメンバー2人に絡まれるシーンも印象に残っています。

眼の前でタップを踊りだした崇真さん演じる少年に対して、「やめろよ!」と、すごく苦しそうに苛立っている表情を見せた。予定調和的ないじめの構造にヒビが入りかけた瞬間のような気がします。

(画像:EXIT FILM inc.提供)

崇真: そうですね。ずっといじめる側にいたのに、「こいつ、俺にない自信を持っているぞ」と気付かされる。相手は「なんでもやらせてくれる人形」だと思っていたら、実はパワーを秘めていた。その影響を受けて、「自分はなんでこんなことをしていたんだろう」って考え直すきっかけが、彼の中にも生まれたんじゃないかなって思います。

言葉にできない違和感があって苦しんでいるという点では、実はいじめている側もいじめられている側も同じで、共有できる何かがあるんじゃないか。

たとえ綺麗な「正解」でなくても、今この瞬間に感じているものを見せ合っていくことで、いじめる側といじめられる側というパワーバランスを崩して対等な場を構築し直すことができる。そんな風に感じています。

「自分には何もない」ー今はそんな気持ちでいるあなたにも、きっと大丈夫だよって伝えたい

鈴木: たとえいじめの渦中にあっても自信を持って表現し、相手と対話する可能性を諦めない。タップダンスを軸に、自分の信念を体現し続けている崇真さんの生き方は、とてもかっこいいなと思いました。

ですが、いまこの瞬間にいじめを受けていて、辛いと感じている子のなかには、崇真さんのように没頭できる何かを見つけられていない子、「自信を持って表現しろと言われてもできないよ…」という気分でいる子もいると思います。そういった状態にある子たちに何かを伝えるとしたら、どんな言葉がありますか?

【写真】インタビューに答えるなかのめそうまさん

崇真: 自分自身もタップをやっていて自信がなかったんですよね、ずっと。だけど、自分の「好き」を応援してくれた両親や、自分の踊りを観てくれた人たちに色んな感想をもらったりするなかで、だんたんと自信が持てるようになっていきました。

自信が持てるものを発見することを強いる必要はないんです。「今、解決しなきゃ」と思えば思うほど、いじめられているその子の視野は狭まってしまいますし、だんだん自分のことがわからなくなっていく。大切なのは、考えたり動ける余裕のある人たちが、色んな選択肢を提示してあげることなんだと思います。

いま「自信がない」、「自分には何もない」と思っている子も、これから必ず発見できるんだよ、時間がかかればかかるほど、きっと自分にとって大きなものを発見することにつながるんだよって、伝えたいです。

鈴木: 時間がかかっても、それでいい。

崇真: 日々を過ごす中で、些細な出来事から感じることや考えることは、一人ひとり違うはずで。僕にとってのタップダンスみたいに、具体的な「これ!」っていうものがなくても、「自分はこう思う」ということを表現したり、「自分はこれが好きかも」と色々試してみたりしていったらいいと思うんです。

今いじめられていたり、自信が持てるものが見つからないからといって、そこで「終わり」だと思わないでほしいなって、思います。この世界はみんなの力で動いていていて、お互いに支え合っている。だから、些細なことでも自分の思いを表現することで相手に必ず影響を与えていますし、それによって支えられる人もいるはずです。

だから恐れず、新しいことでもなんでも、自信を持って飛び込んでみてほしいです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるなかのめそうまさん

物心がついた頃からタップがそばにあった。

はじめは好奇心の赴くままに、ただただ自分のために踊っていた。

続けていくと、自分のタップを「好き」だと言ってくれる人、応援してくれる人が増えていった。

はじめは自信がなかった。だけど、踊ることを通して、たくさんの人と対話し、繋がっていくなかで、自分の表現を見つけることができた。

崇真さんが辿ってきた道筋からは、自分に自信が持てるもので自分を表現し合う中で生まれる「対話」の可能性に気付かされます。

それは、立場の違いや、私たちを縛り付ける構造を突破し、個人と個人としての繋がりを取り戻してくれるきっかけとなり、いじめる側・いじめられる側という、誰もが抜け出せないでいる息苦しい檻の中から、私たちを解き放つ希望となってくれるのかもしれません。

もちろん、今すぐに自信が持てるものが見つからなくたっていい。まずは小さな「好き」を選んで表現するところから始めれば、きっといつかどこかで「これだ」というものと出会えるはず。

タップシューズを履かなくても、私たちの誰もが、心が踊る方向に進んでいく自由を持っている。

あとはきっと、ほんの少しの勇気だけ。

こっちへ来て、一緒に踊ろうよ

関連情報:

EXIT FILM ホームページ
Bullying and Behavior 動画
TEDxKids@Chiyoda ホームページ

(写真/加藤甫、協力/野田菜々)