【写真】登壇者の集合写真

あなたには「もはや身体の一部だ」と言えるものはありますか?

毎日のように身につける衣服やメガネ、肌身離さず持ち歩くスマートフォン、義手や義足など、思い当たるものがあるのではないでしょうか?

わたしたちの身体にできることの範囲を広げ、時にまったく新しい身体体験をもたらしてくれるデバイスや装具。それらも合わせて「からだ」と捉えたとき、わたしたちのからだの境界は思ったよりも曖昧であると気づかされます。

また身体の一部を「喪失」することも異なる意味を帯びてきます。soarで紹介してきた方のなかには、身体の欠損や機能不全と共に生きるなかで、新しい「からだ」、新しいアイデンティティーを獲得した例が数多くあるからです。

soar conference 2017』の「からだ」セッションでは、身体の機能を広げるテクノロジーの開発者の方や、疾患・障害と共に自分らしく生きるゲストの方をお迎えし、わたしたちの「からだ」とアイデンティティーの獲得、回復について意見を交わしました。

ゲストスピーカーには、「NPO法人Mission ARM Japan」の近藤玄大さんと森川章さん、合同会社Armonia代表取締役の角田真住さん、「一般社団法人WITH ALS」代表理事の武藤将胤さんをお迎えしました。ファシリテーターはNPO法人soar理事のモリジュンヤと鈴木悠平が務めます。

【写真】セッションの全体風景

“表現”できる義肢の選択肢を増やすために

セッションでは初めにゲストスピーカーの皆さんが現在の活動について発表を行います。一人目の「Mission ARM Japan」の近藤玄大さんは、3Dプリンターを用いた義手「handiii」を開発したきっかけやプロダクトに込めた想いを共有してくださいました。

大学生の頃から工学部で義手や義足の研究を行なっていた近藤さん。義肢を利用する方との対話を重ねるうちに、工学分野の専門家が追求する高い機能性と、義肢を必要としている人の抱えるニーズの間に隔たりを感じるようになったといいます。

近藤さん:工学系の人は、SF映画に登場する装具のように巧みに操れる義肢を目指して技術を磨いています。しかし当事者の方からは、『親戚の子どもを抱き上げたい』とか『綺麗に食事をしたい』とか、究極的な目標の手前にある日常生活についてのニーズが沢山聞こえてきたんです。

また、技術的に優れてても、身につけたくなるデザインじゃない、あるいは価格が高すぎては、誰にも使ってもらえないんですよね」

その後、安価に複雑な形状を実現できる3Dプリンタに可能性を感じ、近藤さんは2013年に「exiii株式会社」を設立。仲間と一緒に3Dプリンターを用いた義肢の開発を始めます。完成した「handiii」は、その洗練されたデザインが評価され、国内外で大きな話題を呼びました。

【写真】マイクを握って話すこんどうさん

近藤さんは2016年にexiii株式会社を離れ、現在は義肢を必要する人や義肢の開発者、医療従事者のコミュニティー「Mission ARM Japan」を運営しています。その背景には、義肢に関する多様なニーズを掬い上げるためのプラットフォームが必要だという意識がありました。

近藤さん:手はただ物を掴むだけではなく、スポーツや音楽など、表現を行うためのツールです。だからこそもっと多様な選択肢があっていい。一人一人が個性を表現する手段としての義肢を届けるためには、対話の場が不可欠であると考えたんです」

「Mission ARM Japan」のミーティングでは、年齢や性別も異なるメンバーが集い、「結婚式で使える義手がほしい」や「立食パーティーが大変」といった困りごとを話し合います。こうしたニーズをもとに実際のプロトタイプづくりも行ってきました。

【写真】ミッションアームジャパンのポートフォリオ。様々な画像が並んでいる

handiiiが与えてくれた新たな夢

そんな近藤さんが開発したhandiiiを身につけているのが、同じく「Mission ARM Japan」の森川章さんです。

森川さんは2013年に仕事中の事故で右腕を失いました。「これから社会で生きていけるのだろうか」と不安を募らせていた入院中にhandiiiを知り、すぐ近藤さんたちに連絡をしたといいます。

現在はクラウドファンディングで手に入れたhandiiiとともに日常生活を送る森川さん。「夢のなかに登場する自分も義手を身につけている」と笑顔で語ります。

handiiiを使って暮らすなかで、森川さんの胸には一つの夢が芽生えました。

森川さん:handiiiを手に入れてから、大好きなパラグライダーをもう一度やりたいと思えるようになったんです。人間は『これがしたい』という想いがあれば脳の仕組みが変わり、嫌なことを考えなくなります。夢ができたことで腕をいつ無くしたかを覚えてないくらい前向きになれました。

今、病院で手足を切断しようとして悩んでいる人が自分の姿をみて『こんなふうになれるんだ』と希望を持ってくれたら嬉しいですね」

【写真】笑顔でマイクをもつもりかわさん

髪を失った女性がもう一度笑顔になれるように

続いて登壇されたのは「合同会社Armonia」角田真住さん。「髪を失った女性に笑顔と自信を取り戻す」ためにヘッドスカーフブランド「LINOLEA」の立ち上げやイベントのプロデュースを行っています。

角田さんは子育てに追われていた2014年ごろ、髪の毛の大部分が失われる多発性脱毛症を発症しました。髪をなくした自分の姿にショックを受ける周囲の様子をみて、同じように髪の毛を失った女性のために、何かビジネスをつくれないかと考え始めます。

起業に向けて準備をする過程で同じ境遇の女性と数多く出会ったという角田さん。髪を失うことで、深く傷つき自信をなくし、時には通常の社会生活を送れなくなる方もいる現実を知りました。

角田さん:幼い頃から髪がない女性の中には、学校に行けず引きこもってしまう人もいます。外見は人の心にこんなに影響を与えるのかと痛感しました。

けれど、髪がないからといって社会で受け入れてもらえない、あるいはそう思わざるを得ない現状は変えていきたい。わたし自身は夫や家族のおかげで以前と変わらず元気に暮らしてきました。同じように、髪の毛がなくても社会で受け入れられ、健やかに生きていく方法があるはずだと考え、日々活動をしています。

【写真】にこやかな表情で語るつのださん

「髪のない女性は本当に美しいんです」と話す角田さん。蒸れやすいウィッグや飾り気のない医療用帽子に代わる選択肢として、美しく快適なヘッドスカーフをつくっています。

角田さん:以前「いつか死ぬことよりも髪を失うリアリティーが怖かった」とおっしゃっていた女性がいました。その方もスカーフを身につけた時に、とても素敵な笑顔をみせてくれたんですよ。

そんな彼女たちの美しさをもっと知ってほしい。今後もイベントやフラッシュモブなどの取り組みを通して「可哀想」ではなく「美しい」で注目が集まる事業をつくっていきたいですね」

【写真】ヘッドスカーフを頭につけた女性たちの集合写真

(実際に身につけた女性の写真からは装うことの喜びが伝わってきます)

身体の自由が奪われても表現をしつづけたい

最後は「一般社団法人WITH ALS」代表理事で、コミュニケーションクリエイターやEYE VDJ、J-WAVE「WITH」パーソナリティなど多彩に活躍する武藤将胤さんです。

広告やコミュニケーションデザインに携わってきた武藤さんは、2014年に筋萎縮性障害(ALS)を発症、現在はALSの患者さんやハンディキャップを抱えた方のための企画づくりを行なっています。

武藤さん:ちょうどアイスバケツチャレンジが流行した年にALSを発症しました。ALSは運動神経が少しずつ侵されていく病気で、日本国内で一万人以上の仲間が戦っています。僕自身も現在はほとんど全身が動かせない状態です。

【写真】マイクに向かって笑顔で話すむとうさん

少しずつ身体の自由が奪われていくなかでも、武藤さんはテクノロジーを駆使して表現のための活動を続けています。

その一つが、メガネ型デバイス『JINS MEME』を使い、眼球の動きだけで電子機器を操作できるアプリ「JINS MEME BRIDGE」の開発です。

スマートフォンのカメラや家電の操作など、多様な用途で使える同アプリを用いて、武藤さんはDJ・VJを行い、ライブやフェスなどで活躍しています。

武藤さん:先ほど森川さんも夢について話されていました。僕にとっての夢は大好きな音楽による表現活動を続けるでした。そのためにテクノロジーを使った挑戦をつづけています。プロジェクトを通して、すべての人に、表現の自由を届けたいんです」


(「JINS MEME」を用いた活動を紹介する動画。プロジェクトは『 FOLLOW YOUR VISION』と名付けられている)

「喪失」を受け入れ、気持ちをポジティブに切り替えるまで

ゲストの自己紹介の後はそれぞれの活動を踏まえ「からだ」について対話を深めていきました。まずはモリが「喪失」を受け入れるに至るまでのプロセスについて質問を投げかけます。

モリ:「回復」というと元通りになるというイメージがあると思うのですが、みなさんのお話からは一度自分の状態を受け入れた上で、新しい目標に向かって切り替えていく過程を経ている印象を受けました。そこに達するまでに、どのような段階を経て、具体的にどこで変化が生じたと感じますか?

角田さん:何かきっかけがあったというよりも、スカーフを身につけて得られた反応の積み重ねが、回復を支えてくれたんだと思います。スカーフを身につけて人と会うと、『可愛いね』とポジティブな反応がを得られる。そうすると装うことに積極的になり、気持ちが前向きになれました。

受け入れる上では子どもへの想いも力になりましたね。もし子どもが同じ症状になったら、きっと「負けないで明るく生きてほしい」と伝えるだろうなと思うんです。それなら自分は困難をプラスにするパワフルな母親でいなきゃと心を奮い立たせました。

周囲から得られる反応の積み重ねにより、意識が変わってきたという角田さんに対し、森川さんは意図的に考え方を変えた瞬間を振り返ります。

森川さん:腕を失ったばかりの頃は「悪い夢だったらいいのに」と落ち込みました。けれど大阪人らしく「損した分は絶対得して取り返したる」と、今の環境をどう活かすかに目を向けるようにしました。その気持ちを曲げずにいられたのは、近藤さんたちの義手を手に入れたいという目標ができたことや、友人との何気ない会話で笑顔に救われたからだと思いますね。

武藤さんも森川さんと同様に自ら気持ちのスイッチを切り替えていったといいます。

武藤さん:ALSは身体的には機能が低下する一方なので、「元通りになる」という意味での回復は難しい。けれど、できなくなることを憂うよりも「今の状況を生かして何を生み出せるか」に集中するようにして、気持ちを切り替えました。森川さんと同じで周囲の仲間や家族の存在も大きかったです。宣告を受けた後に今の妻にプロポーズをして結婚をしたので、自分がちゃんと前を向いて周囲を安心させたい気持ちもありました。

未来を向く森川さんと武藤さんの力強い眼差し。2人の姿からは、失った身体にとらわれていた過去は想像しがたいものでした。けれど、その「強さ」はかけがえのない家族や友人に支えられ、回復する過程のなかで培われてきたことが伺えます。

【写真】登壇者らが壇上で語る様子

テクノロジーの充実が選択肢を増やす

武藤さんが「次に何を生み出すか」を考える上で重要な役割を担うのがテクノロジーです。3DプリンタやIoTデバイス、あるいはクラウドファンディングサイトなど、手軽に活用できるテクノロジーは増え続けています。

武藤さん:自分のやりたいことを実現するためにゼロからテクノロジーを開発するのはすごく時間がかかるので、すでに商品化された技術をどのように活用するかを常に意識してきました。例えば、話しかけるだけで様々な機能を呼び出せるスマートスピーカーは、身体が不自由な人が日常生活を送る上で大いに役立つと期待しています。

3Dプリンタというテクノロジーを用いて義肢の開発を行なった近藤さんも「テクノロジーの力に支えられた」と語ります。

近藤さん:すでに3Dプリンタという技術は最新のものではなくなりつつある。今後は工学系だけでなく再生医療も勉強して、自分たちの活動にどう繋げるのかを考えていきたいですね。

テクノロジーは「やりたいこと」を具現化するための手段を与えています。今後も新しいテクノロジーの実用化が進めば、武藤さんのようにハンディキャップを負った人が自分らしく活躍する機会は広がっていくはずです。

【写真】マイクを握るこんどうさんと、他の登壇者らの様子

「やりたいこと」の実現に向けて必要なこと

最新のテクノロジーを駆使して新たな挑戦を続ける武藤さんは、プレゼンのなかで自身の夢を語ってくださいました。モデレーターの鈴木は、「ハードルを超えて夢に向かってアクションし続けられた理由」についてたずねます。

武藤さん:音楽への想いや、「自由に表現できるということを届けたい」という願いを発信し、共感できる仲間を集められたことが励みなりましたね。あとは自分の夢に必要な知識を蓄えることだと思います。僕の場合は視線を使って入力をする装置についてネットや書籍でよく調べていましたね。

やりたいことを周囲に伝え、仲間を集めるという点は、「パラグライダーに挑戦したい」という夢を抱く森川さんにも共通していました。

森川さん:やりたいことを「やりたい」と口に出すのは大切ですね。クラウドファンディングをした際は、同じようにパラグライダーが趣味の人からの応援メッセージが届き、とても勇気付けられました。

あとはhandiiiの開発に協力するなかで、エンジニアやデザイナーの方の考え方が掴めてきたことも大きかったです。自分の要望を彼らが形にする姿を何度も見ていると「パラグライダーをやってみたい」と伝えても実現できるのではと思えたんです。

達成するための具体的な手段について学び、応援してくれる仲間を探すことが、「やりたいこと」の実現には欠かせないプロセスなのかもしれません。

【写真】顔元まで伸びているマイクに向かって、むとうさんが話している

回復に向けてどのような選択肢を結ぶか

夢を応援してくれる仲間と関係性を紡ぐために、武藤さんと森川さんは積極的に自分の想いを発信してきました。そうした声に応えるために、周囲はどのように支えていけばいいのでしょうか。

森川さんを側で支えてきた近藤さんは、森川さんの夢を一緒に叶える乗組員のような気持ちなのだそうです。

近藤さん:初めの頃はどれくらい気を使えばいいかわかりませんでしたが、長い時間を一緒に過ごしていくうちに、『障害者と助ける人』ではなく、協力し合うチームメンバーとしての関係になっていきました。」

「障害者と助ける人」の図に当てはめて過度に気を遣われると、かえって息苦しさを感じてしまう場合もあります。角田さんはスカーフがより前向きなコミュニケーションを促すきっかけになればと考えているそうです。

角田さん:スカーフは髪がないことをオープンにするためのツールなんです。隠すのではなく堂々とスカーフを装っていると、「髪がないことを乗り越えています」と相手に伝わり、明るく症状について話すきっかけになるかもしれません。

【写真】目を輝かせながら語るつのださん

武藤さんはメガネ型のデバイスや、ハンディキャップを抱えた人が着用しやすいようデザインされたボーダーレスウェアをデザインする上で、常に「障がい者と健常者を超えて魅力的であるか」を問い続けてきました。

武藤さん:角田さんが「スカーフの美しさで訴求したい」とおっしゃっていたのと同じで、僕も障害者や健常者という垣根を超えて興味を持ってもらいたいと思っています。ボーダーレスな提案によって関心を寄せる人が増えて市場が大きくなっていくほど、今よりも多様な選択肢が用意でき、マイノリティー社会はより豊かになっていくはずです。

「健常者と障がい者の垣根を超える」という点には、義肢の開発に携わる近藤さんも深く頷いていました。

近藤さん:数年前に比べると環境は良くなっていますが、未だに「可哀想な人が頑張っている」という風潮は根強い。けれど、これから義肢の技術が発達すれば「可哀想な人が頑張ってるから支援している」ではなく、「走りが速くてすごいから見ている」と意識が変わると思うんです。健常者も障がい者も、それぞれが得意なフィールドで輝ける社会をつくっていきたいですよね。

【写真】登壇者らの集合写真

(当日は武藤さん、ファシリテーターの鈴木もボーダーレスウェアを着用していました)

森川さんにとってのhandiii、武藤さんにとってのメガネ型デバイス、角田さんにとってのスカーフ。3人それぞれが装う「からだ」は、自分らしさを他者に向けて発信し、社会と新たなつながりを結ぶ媒介として機能していました。

近藤さんや武藤さんがお話されていたように、テクノロジーの発達によって「からだ」を拡張する手段は多様化しています。

もし身体の一部を喪失したとしても、「からだ」を柔軟に捉え直せば自分らしい人生を紡いでいける。3人のお話から浮かび上がる回復のあり方は、身体にとらわれずに私たちはもっと自由に生きられるのだと教えてくれる気がしました。

関連情報:
NPO法人Mission ARM Japan ホームページ

「LINOLEA-リノレア-」 ホームページ

一般社団法人WITH ALS ホームページ

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(写真/馬場加奈子)