【写真】本を持って話をするほそおちあきさん

お気に入りの音楽を聞いているときや、大好きな食べ物のにおいを嗅いだとき、気持ちのよい触り心地の毛布に包まれたとき…。私は思わず幸せな気分になります。

一方で何かが擦れ合う音などが苦手だと感じたり、肌ざわりが好みでない服があったり。「心地よい」や「苦手」といった感覚はきっと人それぞれです。

特定のスリッパの履き心地にどうしても耐えられず、思わず脱ぎ捨ててしまった。

明朝体のフォントで書かれた文字を読むのが苦手で、ゴシック体が見やすいと感じる。

こんなふうに普段の生活の中の何気ない「触る」「嗅ぐ」などの「感覚」が過敏であることを、「感覚過敏」といいます。日常生活に大きな影響が及ぶものの、まだあまり多くのひとには知られていません。

精神障害や発達障害などの情報発信をしているNPO法人ぷるすあるはの細尾ちあき(チアキ)さんも、感覚過敏の特性があります。今回はチアキさんに、幼い頃からの経験や、日常生活を楽しくするために実践している工夫などを伺いました。 

脳の感覚刺激の受け取り方が敏感である「感覚過敏」

【写真】感覚過敏の症状例と、その工夫を記した一覧

感覚過敏とは、脳の感覚刺激の受け取り方がとても敏感で、それにより生活に不便があること。また逆にとても鈍感であることもいうのだそうです。たとえばこんな特性があります。

視覚
屋外に出るだけでとてもまぶしく感じる/特定の状況で文字や画像が読みづらいと感じる

聴覚
特定の音を聞くと気分が悪くなってしまう/騒々しい音が聞こえる場所で集中ができない

嗅覚
特定のにおいが苦手に感じてしまう/風通しの良い場所でないと気分が悪くなってしまう

触覚
着られない肌触りの服がある/人と触れ合うことに苦手を感じてしまう

鈍感な場合は、怪我をしているのに痛みに気づかないということもあるそうです。

【写真】チアキさんの描いた触覚過敏の症例を紹介するイラスト

イラスト:チアキ

また感覚過敏は発達障害に伴うことが多く、自閉スペクトラム症である人の90%以上*が、感覚の特性があるといわれています。ただし、感覚過敏のある人すべてに発達障害があるというわけではありません。

(*)引用文献 井手 正和:時間的に過剰な処理という視点から見た自閉スペクトラム症の感覚過敏. BRAIN and NERVE 69,2017

小さなことから大きなことまで、感覚過敏による不便さは日常生活の中に多々あるでしょう。しかし認知度の低さからなかなか周囲から理解されず、「我慢が足りない」などと誤解をされてしまうこともあるのです。

自分の「苦手」に気づかなかった子ども時代 

【写真】本を持って話をするほそおちあきさん

今回お話を聞かせていただいたチアキさんは、NPO法人ぷるすあるのメンバーのひとりとして、親がうつ病やアルコール依存症である子どもや、子ども自身の不登校について扱った絵本の制作、そして情報発信を行うウェブサイト「子ども情報ステーション」の運営をしています。

ぷるすあるはは精神科の医師でありぷるすあるは代表の北野陽子さんと、看護師であり絵本のストーリーとイラストを担当するチアキさんをはじめとしたメンバーで構成されています。

チアキさんは幼いころから視覚、聴覚、嗅覚、触覚などの感覚で特性を感じてきました。

【写真】チアキさんの視覚過敏の症例を2枚の写真で比較。

左が視覚過敏があるチアキさんの見え方のイメージ。光をまぶしいと感じるだけでなく「痛い」と感じるといいます。

たとえば漢字帳、英語ノートなど線が入ったノートが苦手で、学生のころは基本的に無地の自由帳を使用していました。蛍光ペンでラインを引いた文字、パソコンやスライドの画面にも苦手を感じています。

【写真】罫線の入ったノートや方眼紙の図

チアキさんは線の入ったノートに苦手を感じていました。

チアキさん:単に感覚が過敏ということではなく、苦手な刺激にさらされ続けると、体調が悪くなることも多いですね。仕事のパフォーマンスに影響が出ることもあるんです。

最寄りの駅では、角度や照明があわないのか、券売機で切符を買うことがどうしてもできず、みどりの窓口に並んで購入します。チアキさんにとって券売機を見ることは「画面のむこうから、夜の工事現場の照明が自分に直撃しているような感覚」なのだといいます。

【写真】チアキさんの描いた視覚過敏の症例を紹介するイラスト

イラスト:チアキ

他にも、運動会や音楽会などの行事で響きわたる音。油絵の具や特定の香水の匂い、百合や菊など特定の花のにおいなどにも苦手意識を持っています。

【写真】特定の音に反応してしまう様子を説明するイラスト

イラスト:チアキ

“苦労”というより楽しく日常を工夫すること

チアキさん:苦労というより楽しく工夫!

その言葉どおり、チアキさんは幼少期から現在も、日常において様々な工夫を重ねながら生活をしています。苦手な場面に出くわしたときは、極力近づかないようにするなどチアキさんが生活の中で気をつけていることはたくさんあります。

【写真】縫い目が立っている洋服の例

こんなふうに縫い目が立っていると刺激に感じることもあるそうです。

たとえば洋服選びでは、購入したけれど肌触りがどうしても苦手で着られないという失敗を何度も経験したのだそうです。その経験から今は生地、タグ、ゴム、縫い目など、気になるところは見て触って、試着できるものは必ず試着。肌に直接触れる下着などは心地よい素材のものを選ぶようにし、苦手な肌触りの洋服はその上に重ね着をすることで着用できることもあります。

【写真】愛用のフリース

チアキさん愛用の触覚・聴覚過敏対策のフリース

チアキさん:私は服が好きなので、大きな情熱を注いで、自分が着られる服を研究してきました。肌触りやサイズ感など、感覚がぴったりでかつ好みのデザインの服に出会えたときの喜びは、とっても大きいです。

だんだんと生地や織り方にも興味を持つようになり、今ではご自身で服を作ることもできるのだそうです。

工夫をすることで、仕事への集中力やパフォーマンスにも変化が

【写真】小学生の頃に実際に行っていた過敏症への工夫を説明するイラスト

イラスト:チアキ

チアキさんは仕事をする上でも自分の特性を周囲に伝えながら働いています。ぷるすあるはで制作する絵本やイラストなどの制作物も、チアキさんの視覚の特性にあわせて作成しています。それは同時に、多くの人にとっても見やすいものになると考えているからです。例えばこんな制作物のルールがあります。

・フォントはゴシック体の一種類で統一

・修飾文字を使わない。文字や図形や写真を斜めにしない。影をつけない

・使用する色はなるべく2色まで。同じ色の濃淡は可能

・講演のレジュメなど、チアキさんの分は白黒印刷で準備する

特性を実感したことがないぷるすあるはのメンバーにとって、チアキさんの感覚は驚きの連続でもあります。それでも上記の工夫をすることで、チアキさんの集中力やパフォーマンスが大きく変わることをメンバーも実感しているのだといいます。

ひとりひとり違う“感覚”を当たり前に受容できる社会へ

【写真】チアキさんが出版した絵本の挿絵

イラスト:チアキ「発達凸凹なボクの世界ー感覚過敏を探検する」(子どもの気持ちを知る絵本3/ゆまに書房)より

大人になるにつれて「苦手なもの」や「不調に感じる状態」への対処に工夫ができる場合もあります。けれども子どもの場合は、なぜ苦手なのか、どのくらい不便に感じているのかなどを、自ら説明することは簡単ではありません。

チアキさん自身も幼少期は、感覚過敏という言葉も知らなければ、自分の特性を特に意識したこともありませんでした。

チアキさん:ランドセルの背負い心地が耐えられなくて使うのをやめたり、体操帽子のゴムが嫌ですぐに切ってしまったりと、色々とこだわりを持っていました。でも「苦手」とは気づいていなくて、ただ「嫌い」という感覚でしたね。

感覚過敏という特性を知らないために、当事者である本人だけでなく、周囲の人もどう対応したらいいのかわからない現状があります。それに対して、ぷるすあるはは絵本を通してまずは感覚過敏を知ってもらいたい、特性を知ることで少しでも気持ちが和らぐようにと考えました。そこで、感覚過敏をテーマとした絵本「発達凸凹なボクの世界ー感覚過敏を探検する(ゆまに書房)」を制作したのです。

【写真】クラウドファンディング実施中の紹介画像

そして現在、埼玉県所沢で発達障害の啓発に取り組んでいる「Light it up blue所沢実行員会」と協力をして、全国の学校の保健室に絵本を寄贈するプロジェクトに挑戦しています!

「発達凸凹なボクの世界ー感覚過敏を探検する」(子どもの気持ちを知る絵本3/ゆまに書房)は小学生のタクが主人公のお話です。

聴覚、触覚、嗅覚などの感覚がとても過敏で、教室や給食や行事が苦手。だけど、自分でも何がイヤなのかわからず、うまく言葉にすることもできないため、タクはいつも怒られてばかりです。

【写真】教室の中でこだまする音に敏感な様子を描いたチアキさんのイラスト

イラスト:チアキ「発達凸凹なボクの世界ー感覚過敏を探検する」(子どもの気持ちを知る絵本3/ゆまに書房)より

学校に行くけどボクは教室のなかが苦手 みんなの声がブーメランみたいにまわってきてボクの耳につきささる

ボクだけみんなとちがうのかな ボクなんかキライ

あるとき学童の先生がタクの感覚過敏に気づき、そこからはみんなでタクの苦手探検がはじまりました。苦手がわかると、工夫を考えることができます。たとえばチクチクする服はタグを縫い目からとってしまえば安心です。最後には「ボクはダメな子じゃなかったんだ」とタクは安心して笑顔を取り戻しました。

【写真】触覚過敏を誘発する素材やタグ等を見つける様子をあらわしたイラスト

イラスト:チアキ「発達凸凹なボクの世界ー感覚過敏を探検する」(子どもの気持ちを知る絵本3/ゆまに書房)より

小学2年生の発達障害の息子が、自分自身を理解するのに役立っています。給食を減らしてもらうこと、イヤーマフをして登校すること等、絵本を読んで『自分だけじゃない』と思えているようです。

親として、まだまだ理解して、やってあげられることがあると気付かされました。

絵本を読んだ子どもの保護者からは様々な感想が寄せられています。

タクの物語を通して自分には苦手なことがあるということを初めて理解する子どもたちもいます。そして絵本は保護者にとってもまた、子どもの特性を捉え直したり、日常でできる工夫を考えるきっかけにもなっているのです。

感覚過敏の特性があるひとが安心して毎日の生活を送れるように

【写真】出版された絵本の表紙とページ

全国にいるタクのような子どもが、感覚の特性による“苦手”のために自信をなくしたり、学校がしんどい場所にならないように…

そんな思いで、ぷるすあるはは現在、絵本を全国47都道府県へ1冊ずつ届けるためのクラウドファンディングに挑戦中です。支援したい方ご自身が、近所の学校や子どもが通っている学校などへ絵本を届けるという参加方法もあります。

チアキさん:スキやキライなどの感覚は、ひとりひとり違いますよね。あえてそこに注目しすぎなくても、「へえ、せやな、ちがうわな」と思えるような、そういうのが当たり前になるといいなと思います。

本来、みんなそれぞれ違う感覚を持って生きているというのは当たり前のこと。けれども感覚過敏のように人から理解されにくい特性がある場合、「自分だけなにかおかしいんじゃないか?」と不安になってしまうこともあるかもしれません。

それでも、特性があっても工夫を楽しむことができる。チアキさんやタクの物語が教えてくれたこのメッセージが、多くの人に届くことを願っています。

【写真】手をふる女性を描いたイラスト

イラスト:チアキ

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