【写真】街道で笑顔で立っているとうはたかいとさんとすずきゆうへい

どうして、もっと相手を知りたいと思ったり、知ってほしいと思ったりするのでしょうか。

関係が近くなるほど、期待して、裏切られて、傷つけ合って、感情が揺さぶられる。それはとっても面倒なことでもあります。適度な距離感を保っていれば、心は穏やかでいられるはず。

それでもやはり、親密な関係性がもたらす安心や信頼感はかけがえのないもの。相手と親しくなりたいと思ったときには、傷つく覚悟と勇気もセットで必要になるのかもしれません。

この対談企画は、あるsoarスタッフの「親密な関係を築くことが難しいと感じている人は、どうしたらいいのか?」という問いから始まりました。その相手は、恋人かも、友だちかも、家族かもしれません。けれど、同じような悩みを抱えている人はきっと多いのではないでしょうか。

親密な関係が築けない人は、嫌な思いをしたくない、させたくないと考えているのでしょうね。でも、嫌な思いをすることが、親密な関係を築くために必要なこともあるんですよ。

そう話すのは、十文字学園女子大学で教員をしながら、都内でカウンセリングルームを開業する臨床心理士の東畑開人さん。スクールカウンセラーや精神科クリニック勤務の経験も持ちます。

そもそも誰かと親密な関係になるというのは、どういうことなんだろう?

そんな率直な疑問もぶつけながら、東畑さんとNPO法人soar理事の一人である鈴木悠平が「親密性」をめぐる世界について語り合いました。

【写真】笑顔で会話をするとうはたかいとさんとすずきゆうへい

「シェア」できる物語と「プライベート」な物語

鈴木悠平(以下、鈴木):以前、東畑さんに登壇していただいた「心のケア」をテーマにしたsoarのイベントでは、「ケアとは傷つけないこと」という東畑さんの定義を出発点に話が始まりました。

ところが、その中で「人は傷つくというリスクがあっても、やっぱり特定の誰かと親密圏を築くことを求めている」とも話されていたのが印象的で、その続きをお話ししたいと思っていました。そもそも親密な関係って何だろうとか、その関係はどうやって築くことができるんだろう、とか。

そこで今日は「親密性」をテーマに、話し合ってみたいと思います。

東畑開人(以下、東畑):いまは、みんなで「シェア」する関係性が多く語られていますね。当事者グループもそうだし、居場所の話とかもそうです。複数の人が一緒に居る関係性については関心が集まっています。でも、一対一の「プライベート」な関係をどう続けていくのかという親密性の話は、あまり語られない。

恋愛本は一対一の関係を扱ってはいるのですが、「どうしたらモテるか」みたいなテクニカルな話に向かってしまうし、自己啓発本だと「そんな面倒な関係ならやめてしまえ」となることも多い。親密性って、リスクが高いものだから、忌避されがちなのではないかと思います。

鈴木:一対一だと、その分傷つくリスクが高い……?

東畑:そう。複数の人と関係を持っておけば、誰かに裏切られたとしても、すべてが失われるわけじゃない。つまり、“関係性のポートフォリオ”を持つということです。これに対して、親密性というのは、傷つくリスクを抱えながら、誰かひとりに賭けてコミットしてみることなのだと思うんですね。

【写真】質問に丁寧に答えるとうはたかいとさん

臨床心理が専門の東畑開人さん

鈴木:ここ数年、よく聞かれる「コミュニティ」や資産の貸し借りや交換をする「シェアリングエコノミー」とかも、やっぱり複数の関係性の話ですよね。

東畑:色々なことがシェアされるようになっていますよね。だけど、僕が専門にしているカウンセリングでは、シェアされない話をすることが仕事になります。誰にも聞かれない密室で、他では話すことのできないプライベートな話が交わされる。いま僕は「深い関係」をテーマに本を書いているのですが、カウンセリングって構造的に「親密性」を扱うことに非常に合っているんだと思う。

鈴木:以前、「soarのインタビュー記事は、カウンセリングとはまた違った形で人を癒やす力があるのではないか」と言ってもらったことがあるんです。その人が生きてきた歴史にじっくりと耳を傾け、語られたことを他の人たちと「シェアできる物語」に昇華して一般公開する――このプロセス自体が、その人の人生を肯定し、そして新たな意味を付与する役割を果たしているということなのかもしれません。

でも、同じ人であっても、守秘義務があるカウンセリングルームのなかで開示できるプライベートな話と、soarのインタビューのような、記事として一般にシェアされる前提で語られる話は、きっと違うんだろうなと想像します。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるすずきゆうへい

NPO法人soar理事で株式会社LITALICOに勤める鈴木悠平

東畑:soarで語られる物語は、その人自身や同じような体験をしている人たちをエンパワーしていくものなんだと思います。それはシェアされることで生きる力をもたらす物語です。一方で、カウンセリングで語られるのは、その瞬間いまだに苦しくて、痛くて、ときに恥ずかしい物語です。それはシェアされるべきではなく、プライベートに留めおかれるべき物語です。

他者に開かれた物語と、自分のなかに置かれているシークレットな物語、この2つともを僕らは生きているのだと思います。親密な相手というのは、この秘密の物語の方を共にわけもっている相手だと言えるかもしれませんね。

カウンセリングルームで語られる「親密性」

鈴木:親密性にかかわるものでいうと、東畑さんのカウンセリングルームではどんな相談があるんですか?

東畑:そうですね。一つは繰り返されている人間関係の問題です。会社で上司とうまくいかないとか、パートナーとの関係性が難しいということが問題になっているんですけど、よくよく聴いていくと、その人の人生では同じような人間関係が反復され続けているというのはよくある話です。

それは、その人の心のクセというか人間関係の型なんですけど、重要なことは、誰とでもそうなるわけではないんですね。親しくない人とか関係が遠い人とは普通の関係が作れるのだけど、距離の近い人とはそうなってしまう。特に大事にしている人との間で、その関係が現れやすいんです。

鈴木:ああ……、たしかに!

【写真】笑顔で会話をするすずきゆうへい

東畑:大学で学生に「その人のことを知りたいなら、いままで付き合った恋人のことを聞きなさい。とくに過去の別れ方を聞くといい」と言うことがあります。

別れ方にその人の傷つきとか、傷ついたときにどういう反応をするかが現れるからです。その人らしさは大切な人との関係性が難しくなるときに現れやすい 。

なんで、同じ問題を繰り返すのだろう?

東畑:僕のところに来る人は、そういう繰り返される人間関係の問題を抱えている人が多いです。若いときは考える余裕がないけど、経験を積んで30代あたりになると、「また同じことになっている、なんで私はこうなっちゃうんだろう」と考え始めるんですよ。

鈴木:若いときは「この人が運命の人だ!」って思い込んでいたから、同じような恋を何回もするなんて考えてもいなかったけど、いま振り返ってみると自分の傾向に気づきますね。

東畑:若いときに燃えて恋愛するのは、もちろんいいと思うんですよ。色々と試行錯誤を重ねるものです。だけど、大人になって長いお付き合いのパートナーがいたり、子どもができたりすると、関係が難しくなったからといって全部切断していくわけにはいかないですよね。そういうときに「何とかしなくちゃ」って思って、カウンセリングにやってくる。

鈴木:その関係を崩したくないから何とかしたい、と。

【写真】質問に丁寧に答えるとうはたかいとさん

東畑:もうひとつ、「親密な関係が築けない」というパターンの相談もあります。もしかしたら、こっちのほうが多いかもしれない。それは相手が見つからないとか、出会いがない、とかそういうことじゃないんです。他者のことを信じられなくて、コミットメントができないということです。社交性は高くて周りにも人がいるんだけど、ある一定以上の深い、特別な関係が築けない。そういう人もカウンセリングに来ますね。

鈴木:カウンセラーと相談に来るクライアントは、密室でプライベートな話をするわけですよね。その関係もひとつの親密圏にあるものと考えていいんですか?

東畑:それが僕らカウンセラーのする心理療法のポイントのひとつかもしれない。毎週、二人で会うわけですからね、関係は当然近くなります。すると、繰り返されてきた人間関係が、カウンセラーとの間でも繰り返されます。たとえば、「人から大事にされない」と感じたら関係を終わらせざるをえなかった方だと、カウンセラーに対しても「私は大事に扱ってもらえていない」と感じ、関係を終わらせようとします。

このとき、普通の人間関係だと「そんなことないよ、だってさ……」と説得すると思うんですけど、カウンセリングではそういう「大事にされない」関係がここでも起きていることについて話をしていきます。そこに生じている傷つきについて、一緒に考えていこうとするんです。これは僕が『居るのはつらいよ』(医学書院)という本にも書いたセラピーのやりかたです。

これは苦しい作業ではあるのですが、そうすることで繰り返されてきたこととは違う関係性を試みるんです。これまでと同じ悲惨な終わり方にならないために「いま何が起きているんだろう」と考える。この二重性こそが、カウンセリングの治療的な仕掛けなんだと思います。

【写真】微笑んでインタビューに答えるとうはたかいとさん

「わたしとあなた」の関係を問いただす

東畑:二人の関係について、二人で考えてみる。そういうことって、世の中に他にはなかなかないんじゃないかと思うんです。

恋愛に「告白」ってあるでしょう。あれは「僕はあなたが好きです。あなたは僕のことをどう思っているの?」という風に、わたしとあなたの二者関係に向かって話すじゃないですか。昔、告白するときって、めっちゃ緊張したでしょ?

鈴木:しましたねー(笑)。

東畑:自分たちの関係について話をしてみるって怖いことなんですよね。そこにはズレがあるかもしれないし、期待はずれなこともあるかもしれない。裏切りだってありうる。

恋愛以外の人間関係で「わたしとあなたの関係性」について語り合うことって、ほとんどないですよね。親子とかでも、そういうことはなかなかできません。だけど、そうやって話をすることの実りは大きい。二人の関係が深まるからです。

鈴木:「わたしとあなたの関係」を問うことが、親密さとかかわっている?

【写真】真剣な表情で質問をするすずきゆうへい

東畑:さっき、親密な人とは秘密の物語をシェアしていると言ったけど、秘密を打ち明けている=親密だってことではないと思うんです。たとえば、自助グループとかオンラインの繋がりとか、いつもとは違う場所で自分の秘密を打ち明け合うことってありますよね。でも、それがすなわち親密な関係だってことではない。

親密であるって、二人の人間関係が問題になることだと思うんです。そこには、憎んでいることと、愛していることの両方が関係性に生じている。だから苦しい。

苦しいなら断ち切ってしまえばいいんだけど、そうやって次々と断ち切っていると僕らは孤独になってしまう。傷つくリスクがありながら、それでも深い関係を築くために向き合うチャレンジが必要になる。それが「わたしとあなたの、ここの関係はどうなの?」って問うてみることにつながるんだと思う。

「ポスト・カミングアウト」の世界

鈴木:でも、お互いの関係について話すのは、すごく勇気がいりますよね。とくに長く一緒にいる相手とは、わざわざ何か言わなくてもある程度通じ合える。そこを一回仕切り直して語ることは、「パンドラの箱」を開けるような感じがある。

東畑:LGBTに関するコミュニティ活動を行なっている文化人類学者の砂川秀樹さんが『カミングアウト』(朝日新聞出版)という本を書いているんですけど、これが本当にいい本で。家族にカミングアウトするときの話が載っているんです。ずっと親に本当のことが言えなくて、言わないままで関係を続けてもいいんだけど、親が大事だしわかってほしいと思ってカミングアウトをするんですよ。

でも、そうやって向き合って話しても、すぐに理解してもらえるとは限らない。そのあと何か月も、ときには何年も、関係がごちゃごちゃとする場合もある。僕は、そのカミングアウトしたあとの、いわば「ポスト・カミングアウト」とも言える時間を十分に生きていくことが大切だと思っています。お互いに分かり合えなくて、受け止められなくて、すごく苦しいんだけど、それでも相手と一緒にいたいから、取り組み続ける。そういう状態をちゃんと生きることが親密性にとって必要なのだと思う。

カミングアウトは、「事実を伝えたら終わり」ではない。伝える側と伝えた側が、それによって少しずつ変化していく。続きの物語がある。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるとうはたかいとさん

鈴木:相手との関係性を作り直したいからカミングアウトする。それは、誰にでもかかわってくる話ですね。

東畑:そう、カミングアウトはさまざまなところで生じています。二人の関係にかかわる重要な秘密を打ち明けて、関係を再建していくことですから。

いまって、社会が自由になっているでしょう。人間関係も自由に選択することができます。偶然に隣に座った人と仲良くしなくちゃいけないのって、中学生くらいまでじゃない?誰と友達になってもいいし、友達にならなくてもいい。家族もそうだし、親子の縁だって、続けるのか、断ち切るのか、選ぶことができるようになってきていると思う。

ということは、すべての関係性が「あえて」選択するものになっているということです。僕らは自分で関係性を選びとっている。このグループの居心地がいいと思うから、そこにいる。あるいは、そこにいると、自分のいい部分だけを出していられる。それで十分なんです。それが自由ということだと思う。

だけど、親密な関係というのは、嫌だったら断ち切ってしまえばいいのに、その嫌な部分も含めてあえて一緒にいることを選択するところにあるのだと思うんですね。コミットメントってそういうことです。それがゆえに寂しくはならないんだけど、それがゆえにむかついたり、傷ついたりすることが多い。

「あなたに、もっと守ってほしかった」

鈴木:いまは仕事でも友達関係でも、わりと着脱可能っていうか、気に入らなかったら「離れる」ことも選びやすくなっているんだとは思いますね。ただやっぱり、自分にとって大切な相手とは、すれ違いや違和感を持ったとしても「じゃあもういいや」とすぐに断ち切るんじゃなくて、ちゃんと向き合わなきゃいけないよなって、思うんです。

これは去年あった僕の話なんですが、一時期、距離を置いてしまっていた会社の上司がいたんです。でもやっぱり、ちゃんと向き合おうと思って勇気を出して気持ちを伝えたことがあったんです。

東畑:おおお。それで何が起きたの?

鈴木:大前提として、めっちゃ尊敬してる相手なんですよ。これまでの職業生活で一緒に働いたのが一番長い相手で、僕は3年間その人の下で働いてきました。ビジネスパーソンとして一番成長させてもらった時間だと思いますし、その上司からすごく期待もかけてもらって、それに応えたいと思ってがんばってきました。

ただ、去年の夏ごろに、ちょっと色々な立場・意見の板挟みになるような難しい案件を担当して、僕にとってだいぶしんどい時期があったんですね。それで彼ともコミュニケーションの掛け違いが起きたというか……。

東畑:なるほど。

鈴木:会社に行くのがしんどくなって、適応障害の診断を受けました。病院に通い始めたことは、その上司にも人事部長にもすぐ相談して業務も減らしてもらい、心理的プレッシャーになっているからと、上司との一対一のミーティングもなしにしてもらいました。そのあと、「より自分の強みを生かしやすい方向に」ということで、翌年度から違う部署に異動することが決まったんです。

【写真】当時のことを思い出すように上を見上げるすずきゆうへい

それで、その秋頃に人事部長と上司の3人でミーティングをしたんですよね。残り半年どんな風にすすめようかっていう、手続きだけの話だったんだけど、その上司に対して不信感というか、ネガティブな感情をもったままでいるのは、自分にとっても相手にとってもよくないと思って……。

それで、「ちょっと言いたいことがあって」と終わり際に上司に本音を切り出してみた。すごく緊張して、全然うまく言えなかったんだけど、「僕も力不足なところがあったとは思っているけど、もっとあなたに守ってほしかったんです」と伝えました。

僕が突然変なこと言い出すから、ちょっとびっくりしていたかもしれない。それこそカミングアウトと一緒で、それで円満解決ってわけではなかったんだけど、彼は彼として、当時どんなことを考えていたとか、僕に期待を寄せていて越えてきてくれると思ってた、というようなこととかを話してくれたんですね。

終わってから、人事部長に「よく言ったねぇ!」って言われて「いやでも、やっぱしんどいっす」って別室に連れて行ってもらって、二人になってからポロポロと泣きました。彼がティッシュ箱を差し出しながら「あれだね、きっと悠平くんはもっと仲良くなりたかったんだよね」とか言うもんだから、「そうなんですよおぉ涙」って号泣。もう30歳にもなってですよ(笑)。

東畑:めっちゃいいですね。泣きそうになってしまった。

鈴木:話さないまま異動していたらきっと後悔していたと思うから、僕はやってよかった。やっぱり、その人のことが好きなんだと思います。もう、その元上司とは一緒の部署で働いていないんだけど、今は会って話していてもすごく気持ちが楽ですね。

東畑:うん、そうですね。

鈴木:あと、同じ時期に妻との間でも起こったことがあって。

娘が生まれた最初の1年目は、彼女が育休を取って僕が働くという選択をしたのですが、「8月あたりに僕も有給使って、1ヶ月ぐらい一緒に家で過ごす!」ってことを宣言していたんです。でも、そのあと仕事が超忙しくなって予定していたほど休めず、なおかつ僕は体調をくずして適応障害になり、と状況が変わってしまったんですね。

で、ある日ちょっと妻から責められたというか、「8月休むって言ってたのに」みたいなことをチャットで言われたときがあったんです。もちろん、我が家に生まれたはじめての子どもで、妻もすごく色々なことを思ってきただろうし、僕も自分で言ったとおり、もっと時間を取りたい、取らなきゃとは思っていたんです。でもやっぱり気持ちとしては、「ああ、これはしんどいな」って思って。

夜遅くに帰ってきてから「ちょっと話したいんだけど…」って言って、「たしかにあなたの言う通りで休めなかったことは悪く思っているけど、いま僕は体調もよくなくて結構しんどいし…でも、なんというか、一番思っているのはあなたに嫌われたくないってことで…」と、そんなことを言って。

なんというか、本当に向き合うときって、うまくしゃべれないですよね。すごくどもりながら話しました。

結局休みは、自分の休養も兼ねて少しは取ったものの、当初の予定よりは少なくなってしまったんですが…話した翌朝、妻からチャットで「昨日はありがとう。まぁなんというか色々相談しながらやっていこう」と返答をもらって。

東畑:すごいねえ!!鈴木さんってあれですね、甲子園の大事な場面で打たれるかもしれないのにストレートを投げるタイプですね。両方のエピソードとも同じで、「もっと大事にしてほしかった」とか「あなたを失いたくない」って、正直にぶつかっていく。

それって普通はなかなかできないんですよ。だって、愛したい/愛されたいという気持ちを相手の前に置くと、何が起こるかわからないでしょ?もしかしたらその上司に「超ウケるんですけど」って軽くあしらわれるかもしれない。傷つくリスクがある。

【写真】笑顔で質問に答えるとうはたかいとさん

鈴木:僕は負け戦の可能性が高くても、直球を投げてしまう。

東畑:それはいいところですよ。鈴木さんは他人を信頼しているんだと思う。

親密な関係が築けない

鈴木:さっき話に出ていた「誰とも親密な関係になれない人」の根底にあるものはなんですか?

東畑:やっぱり不信ですよね。あれですよ。『アナと雪の女王』のエルサみたいな。あの人はずっとひきこもって、手袋をして……。

鈴木:「少しも寒くないわ!」 (出典:クリステン・アンダーソン=ロペス、ロバート・ロペス『Let It Go』)

東畑:そうそう。エルサは特別な力をもっていて、自分が妹のアナを傷つけるんじゃないかと、せっかく妹が慕ってきても閉じこもっている。そういう中で、久しぶりにお城が開いていろんな人が集まったときも、彼女の力がバレてしまって、城から逃げ出すんですよね。それで「ありのままの自分でいるの」って言って雪原を駆けていくんだけど。「ありのまま」になってどうだったかというと、結局は孤独になっていく。

彼女に何が起きていたのかというと、自分が他者を傷つけてしまうんじゃないかという不安と、他者から化け物だと思われるんじゃないかという不安なんです。つまり他者との関係のなかで悪いことばかりが起こるんじゃないかと考えている。

東畑:このエルサの物語が人気だったのは、僕らにも同じところがあるからじゃないかな。「関係が築けない」っていうのは、実は自分から関係を殺してしまうということだと思います。目の前にいい人が現れているのに、悪しき人に見えてきてしまう。さっきの上司の話と似ていると思うんですよ。

鈴木:たしかに、適応障害だという診断の前後くらいは、上司のことを憎く思えたこともありました。

東畑:でも、「実は大事にしてほしかった」と気づいたときは、この人は悪い人じゃないかもしれないって思ったのではないでしょうか。

鈴木:そうですね。

相手がどんどん悪く思えてくる

【写真】真剣な表情で質問に答えるとうはたかいとさん

東畑:人との関係で何かうまくいかないことがあったときに、自分一人で考えていると、相手がどんどん悪者に思えてくることってありますよね。「思い出し怒り」というものは、そうやって自己増殖していくものです。

鈴木:相手がどんどん悪いほうに大きくなって、残酷にみえてくることってありますね。

東畑:だけど、実際にはそこまで残酷じゃないこともあるわけです。時間を置いたり、時間をかけて話したりしてみると、勝手に考えていたほど悪者でも残酷でもなかったりして「攻撃的な気持ちになってるのは自分だった」と気づくことがある。そのとき、この人は本当は何者なのか、自分のことをどう思っているのか、という問いがやってきます。時間をかけてそれらを吟味していくところに親密性は生まれてくると言えるかもしれません。

ただ、こういう問題を語るうえでセンシティブになるべきなのが、実際に親からの虐待やパートナーからのDVを受けている場合です。相手の行為が本当に残酷なのに、「そんな風に考える自分が間違っているのかもしれない」と思って関係を断ち切れないケースも多い。その見極めが難しいんだけど、それが自分を損なうような人間関係なら当然断ち切るべきだし、断ち切ることが大事なこともあります。ここが親密な関係の難しいところです。

鈴木:この対談企画はもともと「他人と親密な関係を築けない人は、どうしていけばいいのか」という悩みから始まったものなんですけど、そこに対して、東畑さんから何か言えることはありますか?

東畑:親密な関係を築けない理由のひとつは、今言っていたような「悪しきもの」で心がいっぱいになってしまうパターンですよね。他者が悪者に見えてしまって、それで自分から関係性を破壊していくケース。これの対処法は、基本的に「ちょっと様子を見てみよう」だと思うんです。本当のところどうなのかを見極めるために、時間をかける、様子を見る。そう、ムカつくメールの返信は明日にする(笑)。それで、相手の出方を待ってみる。

もうひとつの「人との関係に踏み込めない」パターンの場合も同じかもしれないな。そういう人って、一切誰との関係も築かないわけじゃなくて、傷つく/傷つけるかもしれないと思ったときに早めに関係を断ち切っているんですよ。だから、様子を見る。断ち切る前に、時間をかける。

親密性の問題は時間をかけるに限ります。他者という複雑なものと複雑なままに付き合うためには、時間をかけるしかない。そういう意味で、カウンセリングは時間をうまく使う仕事だと思っています。苦しい時間をいかに生きるか、止まった時間をどう流れさせるか。時間を使うんです。これは迅速な意思決定を求められる現代とは全然マッチしていないのだけど、でもそういうことが必要なときもあるのではないかと思うんです。

鈴木:相手をジャッジして「この人は悪者」とさっさと断ち切ったほうが短期的には楽かもしれないけど、そこで、いったんジャッジを保留にしてみる。

誰とでも親密になる必要はない

東畑:ただね、いま話しているような親密な関係の相手って、人生の中でひとりか、二人くらいでしょう?ほとんどが、自分が嫌だと思うなら断ち切っていい関係なんだとは思いますよ。

面倒くさい話になるというのは、相手があなたと親密になろうとしているってことだと思うんですね。それはチャンスでもある。でも、自分がそんな面倒な関係を望んでいないなら、「すいません」っていうのも自由です。全員と親密になる必要はないし、それは不可能ですからね。

鈴木:今回の話は、誰とでも抜き差しならない関係を築こうってことじゃないですよね。たとえば、長い付き合いをしてきた相手、親子、夫婦、恋人、すごい近い上司・部下とか、創業パートナーとか、そういうところに限られると思う。

【写真】真剣な表情で会話をするすずきゆうへい

東畑:そういうなかで嫌なことがあって「関係を断ち切りたい」と思ったときに、ちょっと留まって、その「断ち切りたい気持ち」を相手と語り合ってみる。パートナーとの喧嘩って、大体「分かってほしい」と思って喧嘩しているんですよね。分かってほしいし、きちんと相手を信じたいから、めんどうくさい話にチャレンジするわけです。

それがうまくいくと絆が生まれる。でも、うまくいかないとしこりが残る。つまりポスト・カミングアウトの世界。でも、その二者の関係がお互いに大事なら、嫌な思いをしたことで「何が起きているのか」を考えると思う。そこから「わかってほしい」という相手の気持ちが見えてくる。そういうことを繰り返していくんです。だから、嫌な思いをするのはいいことでもある。関係が深くなるってそういうことだと思います。

たまには人に迷惑をかけてみようよ

鈴木:人との深い関係が築きにくい人って、きっと「いいやつ」なんでしょうね。

東畑:人に嫌な思いをさせたくない人なんだと思う。相手に負担をかけたり、チャレンジしたりしないと親密な関係は築けないんだけど、それができない。カウンセリングは、そういう人がいかにして他者との関係に持ちこたえるかに取り組む場所だと思うんですね。

【写真】笑顔で会話をするとうはたかいとさんとすずきゆうへい

鈴木:みんなが家族や恋人と向き合ったほうがいいってことではないし、いつもいつも、そういう相手を探して生きる必要もないと思う。でも、本当はもっと仲良くなりたいのに、実は自分を抑えているような相手がいるんじゃないかと、自分に問いかけてみるといいかもしれないですよね。僕にとっては、それがあるときは上司や妻だったわけだし。

東畑:うん、いつも気持ちのいい人でいることを捨ててちょっと油断してみよう、たまには人に迷惑をかけてみよう、そして相手の様子をみてみましょう!ってことですね。

鈴木:この記事が世に出たら、元上司をサシ飲みに誘おうかなと思います(笑)。

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お互いの経験談を交えて、ときには考え込みながらも、「親密」をめぐる物語を語り合った二人。

対談を終えたあとも、soarスタッフや対談の会場に参加した読者の方からの「親密な関係を築くこと」へ疑問や思いは尽きることなく、さらには過去の恋愛話も飛び出して盛り上がりました。

【写真】笑顔のとうはたかいとさん、すずきゆうへい、取材に参加したsoarスタッフや参加者の方

私自身、「あのときの私の行動は、相手へのチャレンジだったのかな」「そういえば、繰り返している人間関係のパターンがあるかも」と、過去を振り返りながら気づいたこともあります。

親密な関係を築くことは、私もあまり得意ではないほう。でも、ホッとしたのは、「誰とでも親密な関係を築く必要なんてない。そのうち迷惑をかけたくなるような相手があらわれますよ」という東畑さんの一言です。

「わたしとあなたの関係」である限り、誰にとっても効くような万能な解決策はないのだろうけれど、それでも「親密な関係」だけがもたらすものも知っているからこそ、そこに賭けることを諦めたくはありません。

ぜひ、次はちょっと角度を変えて、また「親密性」をテーマにした対談を聞いてみたいなと思ったのでした。

【写真】笑顔で会話をするとうはたかいとさんとすずきゆうへい

関連情報:

東畑開人さん著書 『居るのはつらいよ』
東畑開人さんがスタッフとして勤務する「白金高輪カウンセリングルーム」 ホームページ

(写真/川島彩水、編集/工藤瑞穂)